CIAに雇われた傭兵の話(前編)

こんにちは、今回は「非日常シリーズ」第二弾、CIAに雇われた傭兵のお話を紹介します。

アメリカで軍に入隊する場合、人それぞれ様々な理由があると思います。家系的に軍に入隊する人、学費がタダになるから入隊する学生、仕事も行き場も無い人、グリーンカードの欲しい外国人、または自国に対する愛国心から、と色々な人たちが集まります。私が大学生の時、クロアチア人の留学生が「自国に帰れないから、軍に入るしかない*」といって、在学中アメリカの軍に入隊した人もいました。

*当時(1995年)クロアチアは独立直後で、国外に出た人はブラックリストに載ったらしく、帰国したら再度国外に出れなかったらしいです。ちなみにクロアチアがユーゴから独立したのは1991年。この友人が自国の奨学金の支援を受けて米国に留学生としてきたのは1992年。

さて、忘れてはならないのは、そんな寄せ集めの中に、あえて「戦争に行きたい」理由の人もいます。私の知人Gさんもそんな一人でした。このGさんはベトナム戦争中も最悪にして最強の部隊、その名も「Search & Destroy」、見たものすべて破壊するような部隊に所属していたそうです。

ベトナムから帰還、その時の仲間と共に、今度は傭兵として紛争中のアフリカのアンゴラへ送られました。本人曰く、「戦争だと罪のない人まで殺さないといけないけど、傭兵だったら、ターゲットが決まっているからマシ」と言ってました。

ではここで、アンゴラ共和国の歴史を見てみましょう。(アメリカの裏話でなくてすみません)

angola

アンゴラは1483年にポルトガル人が上陸して以来、ポルトガルの植民地であり、1961年からアンゴラ独立戦争が始まり、1975年に独立を達成しました。しかし独立後は2002年までの長い間、激しい内戦が続きました。

当時、世界は冷戦時代だったので、アンゴラの独立直後から、キューバ(直接軍事介入)とソ連がアンゴラ解放人民運動 (MPLA)を支援し、南アフリカ共和国(直接軍事介入)とアメリカはアンゴラ全面独立民族同盟 (UNITA)を支援し、さらに旧ザイール(直接軍事介入)とフランスはアンゴラ国民解放戦線 (FNLA)を支援し、激しい内戦状態に陥りました。ちなみに国連の推定によると、アンゴラ全土に残されている地雷は数百万発であり、世界一だそうです。いかに内戦が激しかったか想像できると思います。地雷の数、世界ナンバーワン!

アンゴラ共和国についてはこちらをクリック

さて、ここまではウィキペディアで得れる情報ですが、中国もアメリカと一緒に資金援助してますし、イギリスも傭兵を送ってます。結局、早い時点で、旧ザイールや南アフリカ共和国はアンゴラから撤退しています。そしてアンゴラは大きく軍事介入したキューバが残り、支援したMPLAと激しく内戦にもつれ込んでいきます。英国が送った傭兵は3つのグループで、まず別々にザイール(*)に飛び、そこからFNLAをサポートするために、北のアンゴラの国境を渡りました。イギリス人10人、アメリカ人3人で結成された傭兵部隊。そしてこの傭兵部隊にアメリカ人の一人としてG氏は潜入しているのですが、、、次回に続く。

*ザイールは現在のコンゴ民主共和国(旧ベルギー領土)。隣の旧フランス領土だったコンゴ共和国とは別です。

map_africa

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CIAに雇われた傭兵の話(前編)」への2件のフィードバック

  1. Genchan

    中には本当に戦争をしたい、戦闘狂の人も一定数いますもんね。
    ネオコンサバティズムが好戦派だった気がしますが、やめてほしいものです\(>_<)/

    いいね: 1人

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