人生チャレンジ・Jさんの話6

さて、警察に身柄を拘束されたJさん。今からちょうど6年前の話です。(2011)

拘束後、彼の家は早速、捜索のため差押えられ、ひとまず犬たちは知人宅に預けられました。無事身柄が検察庁へ送られ、まず検察側はJさんに4つの刑種で起訴することにしました。

1)「武装強盗
2)「暴行罪」
3)「重罪前科者による銃の所持
4)「州規定以上の大麻の所持」

さて一番重い刑罰は4つの内、3)らしいです。これは有罪と判決されると、最高で20~30年の懲役になるそうです。ちなみに黙秘権を(法律で保障された被疑者の権利)アメリカでは「Miranda Rights」と呼びます。アメリカの映画やドラマなんかを見るとよく逮捕時に警察側が挑戦的に「You have the right to remain silent…」と言いますよね。(笑)それが黙秘権です。まず、被疑者は弁護士を雇います。被疑者が金銭的に弁護士を雇うのが困難な場合、アメリカでは国選弁護制度という国の費用で弁護人を付する制度があります。Jさんもこの制度を使いました。ここに金持ちと貧乏の差が出ます。お金持ちなら、O.J.シンプソンのように「ドリーム弁護士団」を雇い、動機と証拠がどれだけ自分に不利であっても「無罪」を勝ち取ることも出来ますが、そんなことを出来るのはある一部の限られた人たちだけです。

ひとまず州の刑務所に拘留されたJさん。そこで、早々「自分は刑務所の中で刑務官に殺されるかもしれない」という被害妄想(?)に陥ります。どうしてそういう経緯になったのか知りませんが、たぶん何かしでかしたのでしょう。「自分の食事の中に毒が盛られているかもしれない」と思い、ハンストを始めました。案の定、ハンストの罰として、40日間、食事を制限され、毎日、刑務官に殴る蹴るテーザー攻撃という暴行を受けたそうです。彼は80年代にレンタカーで事故を起こし、脊髄を痛めた為、政府から保護を受けている身体障害者です。暴行を受けながら彼の中では「どうやって起訴するか?」が頭の中を駆け巡ったことでしょう。しかも不思議なことに録画された一部始終が、刑務所の中の図書館に記録として保存されているのです。勿論JさんはDVDに収め、保存しています。Jさん曰く、拘留された時に、自分は身体障害者と提出しているので、刑務所側も知ってて暴行を加えているので、罪は大きいそうです。

Jさんの弁護士は限られた費用の中で国に雇われているので、なかなか仕事をしてくれなかったり、仕事が遅かったりで、すでに何人か入れ替わっていました。

Jさん:「自分はスピード判決を望む!」
裁判官:「だったら、弁護士を変えるな!」

そんなことを繰り返し、一時期、弁護士に「やっぱり、頭がおかしい路線で行こう!」と提案され、言われるとおりに「私は精神不安定で裁判中、証言できないかもしれない」と言ってしまい、診断の為、ボストンにある犯罪精神科に強制的に送られました。

そこで見たものは(ボストンマラソンの犯人に中で会ったそうです)「一生精神科から出れないだろう」というシステムでした。このシステムに入ってしまったら最後、自分の残りの人生は精神病院で終わる、と直感で感じたそうです。但し、一度診断の為に送られたので、2~3カ月は過ごしましたが、刑務所に戻ってきて、

「やっぱり、裁判で証言できます」

と、さっそくその弁護士をクビにしたそうです。

アメリカは陪審員制度です。これが曲者で、12人の一般市民の素人の寄せ集めは検事側による「科学的証拠」とか「専門家」に弱いのです。ましてや、メイン州となれば白人が多いので陪審員も白人がほとんどです。Jさんも白人ですが、決め手の陪審員はマイノリティーも入れたいと思い(普通、こういったことは弁護士の仕事です)自分の陪審員に適度にマイノリティーを入れるように申請しました。

すでにその頃、拘束されてから3年は過ぎ、弁護士も6人目あたりにさしかかっていました。そしてこの陪審員の申請がJさんの運命を変えたのです。

続く。To be continued…

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